大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和25年(う)1440号 判決

控訴人 被告人 川村登

弁護人 堀部進 堀部先之助

検察官 南舘金松関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役四年に処する。

訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

弁護人堀部進、同堀部先之助の控訴趣意は、別紙の通りである。

その第一点について。

被告人は、現行犯人として逮捕され、昭和二十五年一月二十八日勾留せられ、その勾留状の罪名は、窃盗未遂であるが、同年二月六日起訴せられ、その起訴状の罪名は、強盗致傷となつていることは、所論の通りであるけれども、勾留状に記載せられている犯罪事実と起訴状の犯罪事実とは、同一事実であることが認められ、起訴状の犯罪事実は、右窃盗未遂の事実に逮捕を免れるため、暴行を為し、傷害を与えた点が附加せられているに過ぎないのである。右のように事実の同一性が有る以上、勾留状と起訴状との罪名が異つても勾留状の効力は起訴後においても、依然として効力が有るものと解すべきものである。従つて原審が窃盗未遂の罪名で発行せられた勾留状の効力が起訴後において罪名が強盗致傷となつても、効力あるものとしたのは、違法でない。論旨は理由がない。

同第二点について。

被告人は、昭和二十五年一月二十六日、窃盗の目的で、被害者広里弘方に侵入し、窃盗に着手したところ、家人に発見せられ、組伏せられて逮捕されたので、これを免れるため、咬みついて傷害を与えたもので、強盗の目的で侵入し、被害者に傷害を与えたのに比較すれば、その情状は軽く、而も傷害の程度も軽微であるので、他の窃盗の犯罪があるとしても、被告人に懲役五年の刑を科することは、重すぎるものと思料せられる。この点についての論旨は、理由があるから、原判決は、破棄を免れない。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十一条により、原判決を破棄し、同法第四百条但書により次の通り判決する。〈以下省略〉

(裁判長判事 堀内齊 判事 鈴木正路 判事 赤間鎭雄)

弁護人控訴趣意書

第一点原審訴訟手続は法令の違反がある。

被告人は昭和二十五年一月二十八日名古屋地方裁判所裁判官夏目仲次の発した勾留状により勾留せられたもので、右勾留状記載の被疑事実の要旨によれば、被疑者は昭和二十五年一月二十六日午後十時頃名古屋市昭和区丸屋町三丁目十六番地の一広里宏方へ窃盗の目的で侵入し、衣類在中の箪笥に接近したが家人に発見されたため窃盗の目的を遂げなかつたものであるとなつている。然るに起訴状によれば、強盗致傷罪として起訴せられたのである。新刑事訴訟法下において既に最高裁判所より通達(昭和二十四年四月二十一日)がある通り事件の同一性を欠く限り直ちに被疑者を釈放すべきであり。若し起訴状記載の罪について勾留する必要があれば、改めて勾留状を発すべきである。(本件起訴状には求令状と朱記されたのを何故かこれを抹消し勾留中と朱記されている)右通達によれば、事件の同一性についてと一定の限界を示しているが、窃盗未遂と強盗致傷とは旧刑事訴訟法下においては同一性があるものと積極に解するのが相当である。けれども新法においては、訴因により制約される以上窃盗未遂と強盗致傷とは全然同一性を欠くものと断言しなければならない。さすれば本件においては正しく訴訟手続に法令の違反があり、その違反は判決に影響を及ぼすことが明らかな場合であるから刑事訴訟法第三七九条第三九七条により原判決を破棄する旨の判決を求める次第である。

第二点原審判決の刑の量定は不当である。

若し第一点に理由が無いものとすれば、原審判決の刑の量定は不当である。そもそも本件は判示第一の事実については住居侵入傷害の罪により処断するが相当である。被告人は公判廷においては飲酒していたためその詳細を陳述していないが、原審判決の強盗致傷罪の証拠として証人広里弘、同広里須万子の各証言を一部にあげている。

右各証人の証言によれば「三畳の間の東南寄に据えてある洋服箪笥の戸が半分許り開け放しになつており、それは変だなと思い乍ら不図左手を見たら一人の男がいた」云々と供述しており(記録六十八丁、八十六丁)被告人も又副検事の面前において「何か金目になる様な物はないかと箪笥の戸をあけて見て居ると」云々と供述しており(百二十三丁)被告人の所為は窃盗の着手があり、その現場において傷害の結果が発生した以上強盗致傷罪の罪責は被告人の否認にもかゝわらず免れられないものである。

法の解釈を目的論的に解するならば、単に着手の一事で万事終れりとなすことなく一切の諸事情を綜合して認定するのが相当である。本件に於ては窃盗の被害なく傷害の結果も兇器もなく軽傷の程度に終つている等の諸事情を綜合すれば旧刑事訴訟法の下に於ては単に住居侵入傷害の罪と処断しても決して違法な判決とはならない。

新法においては訴因の問題もあり、強盗致傷罪として認定しても決して異論もないけれども、手続上の問題により被告人を救うことが出来ないものとすれば、当然刑の量定に於て斟酌さるべきである。原審判決は窃盗二件を加味して懲役五年と判決したが、尚一層の減軽をするのが相当である。尚被告人は本件以外に懲役一年四月の罪があり、妻は乳子一人を抱え生活に窮することは当然であり、右の諸事情を綜合すれば、原審が被告人に対し懲役五年を科したのは不当であるから、刑事訴訟法第三八一条、第三九七条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書の規定により本件につき更に軽い処刑の判決を求める次第である。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例